何もかもが別世界!人生初の海外はオーストラリア

海外情報

今から遡ること23年前の2000年夏、中学3年生だった私は初めて海外へ飛び立ちました。

何もかもが別世界

始めて踏んだ海外の地はオーストラリアです。首都シドニーへ5日間滞在し、ホームステイを体験しました。

そもそもなぜ行くことになったのか?

私は新潟の田舎に育ち、家の周りは田んぼに囲まれ、自然豊かな土地でのびのび育ちました。そんな町にオーストラリアへ行くプログラムがあると知ったときは、さすがに驚きました。中学2年生の時です。先生からの案内かどうか忘れましたが、それを知ってからは、「絶対に行きたい!」と思い、応募用紙にもその熱意を全面に書きました。

しかし、その年の結果は残念ながら不合格でした。

もうオーストラリアにいるイメージまで膨らんでいたので、とても落ち込みました。なんであの子は参加できて、私はできなかったの?と悔しくて涙が出てくるほど。

その翌年、中学3年生で再度応募しました。中学生を対象としていたので、最後のチャンスです。今でも覚えています。机に向かって、思いの丈を応募用紙に書き留め、何度も何度も読み返しては書き直しました。

その思いが通じたのか、晴れて参加できることになった時は、今度はうれし涙がこぼれました。本当に嬉しくて、絶対にオーストラリアでたくさん吸収して帰ってくる!と決めました。

一度ダメでもそこで絶対に諦めてはいけない!

そこから学びました。私自身、今までを振り返ると、一度でうまくいったことはほとんどありません。必ず一度は悔しい思いをしてます。そこから踏ん張って乗り越えてチャンスを掴んでいます。

 

あきらめたらそこで試合終了ですよ

 

知っていますか?このセリフ。安西先生。諦めないでよかった。
今までの人生を振り返るとそう思うことが多々あります。

 

オーストラリアでの体験

 

さて、オーストラリアでは何もかもが別世界で、歩いていることが奇跡に感じました。2泊3日のホームステイでは、家族で食事をして、動物園へ行って、正直言葉は全然わからなかったけど、とにかく楽しかったことしか記憶にありません。ホストマザーが牛が好きだったこと、最終日に手紙を書いて渡したこと、これほどまで鮮明に覚えているとは。

中学生同士の交流では、習字を披露しました。日本文化について知っていると思っていたけど、全然知らないことも目の当たりにしました。

帰りのホテルでは、参加した学生同士で話していると、日本語のはずが英語に聞こえるね!と笑い合いました。それほど、子どもの吸収力は大人に比べて素晴らしいことが分かります。我が子には是非その吸収力が長けている時期に語学のシャワーを浴びてほしいです。

帰国後に、英語の授業内で体験を話す機会がありました。ALT(Assistant Language Teacher, 外国語指導助手)の先生がとても良かったよ!と褒めてくれて、あまり褒められる経験がなかった私は照れくさいながらも、心の中で「やったー」と叫んでいました。

諦めずに挑戦し、海外での体験ができたこと、これは私がオーストラリアが大好きになったきっかけにもなりました。この後に大学生と社会人の頃に行っているので、3回降り立っています。今でもホストマザーとSNSで繋がっているので、今後は家族で会いに行きたいです。

 

夢を叶えるには ー小さなことを前向きにー

 

この夢は叶えたい。

夢で終わらせないためにどうすればよいか?それは、計画を立てて諦めずに少しでも行動することです。私は悔しい思いをたくさんしてきました。それでも、トンネルを抜ければ新しい世界が広がっていることを信じて、小さなことを前向きに取り組んできました。

途中で方向転換したって構わないと思います。進んでいく上で考えが変わることだってありますよね。私は自分の望む道がわからなくなったら、目の前の判断を前向きにすることを心がけています。

海外体験記よりかは、精神論になってしまったかもしれませんが、もし何かやりたいことがある人の背中を少しでも押すことができたらこんなに嬉しいことはありません。

今までは、私という「個」の夢でした。今は「家族で」夢を達成することが私の生きる力になっています。それぞれ違うとは思いますが、行動して充実した日々を歩んでいきましょう。

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